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mypotaling (まいぽたりんぐ)

身体障害者だけど走り続けます!!


びょうきのこと。

  1. 2016/01/12(火) 17:27:15|
  2. 病気
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
少し、雪が降りました(と言うほどでもないが)、どうも私です。


今日も透析で疲れてグダグダです。

カテゴリ【病気】ですが【パソコン】も含まれ?ます。

自分は小学校4,5,6年と養護学校ですごしました。

地元小学校からの転校でした。

そのころNIDDM(I型糖尿病)の20歳までの生存率は10%に満たない
と言われていました。

養護学校に入学した際、先生に学校案内をしてもらったのですが、
その途中こんな話を聞きました。

「いつか小さなマイクロチップを腕に埋め込む事で注射(インシュリン)を
針を使わずに、そのチップに注入する事で適量なインシュリンを摂取できるように
なる。」

今でいえば人工すい臓のマイクロチップ版でしょうか。
(20年?くらい前に大学病院で行われた人工すい臓の実験?(笑))
当時の人工すい臓といえば畳2畳分くらいの機械から手、足に向け
4本のカテーテルが出ていて、手、足4か所に刺さっていました。
手足の自由が利かないので身動きできません。
まぁ、それの超小型版でしょうかね?

BSを自動で測り、その値に応じたインシュリンを適量マイクロチップが
計算し、投与する。

当初それを再現するには畳二畳分の大きな機械が必要でした。

で、養護学校の話に戻りますが…
学校案内(小学生の)だったのですが、高校生の部活も少し見せてもらいました。
「電算部」(今でいうコンピューター部)を(中には入れてもらえなかった)外から
眺めました。

その前にマイクロチップの話を聞いた自分は、
「もしかしたらコンピューターに強ければ、いつかマイクロチップの開発にかかわれる
のではないか?」(と小学生のちんけな頭で考えたのです。 が…

「電算部」で使わていたPC、3人ほどいて各自1台ずつもっていたようです。
当初としては高性能なPC(PC9801)、1台そろえると2~30万したらしいです。
そもそも小学生は部活に入る必要もないし、部員は皆、病気が重く、
両親や家族からせめて手に職を持たせておきたいという理由で買ってもらった
そうです。
ウチはそんなに裕福でもありませんでしたから到底PC買ってなどと言えるわけもなく、
当時はやっていた(病院内)プラモデルさえも1か月に1回買ってもらえるかどうか
でした。
残念ながら自分はPCを弄るのはまだまだ先になりそうでした。
でも「これだ」と思ったのは事実です。
PCを弄っていればいつかマイクロチップの製造、研究に属する機関で仕事ができるんじゃ
無いかと思ったのは事実です。
(その後美術部を見せてもらったのですが部員2人が「油絵」を描いていました、その絵を見て
 なにか感動?してしまい、無理を言って入部させてもらいました、最近は絵を描く事も少なく
 なりましたが、やっててよかったと今でも思います。)
それから数年…
かれこれ頑張ってPCの勉強をしてみたものの、到底そんな高度な機関からお達しがあること
はありませんでした。

初めてPCを触ったのは中学になり、地元の中学校へ転入、「科学部」に入部して2年目、
担任教師が自腹で購入したPCでいろんな実験を行いました。

自分のPCを手に入れたのもたしかそのころかな?
友人宅で触らせてもらった事はあったのですが、自分で実機を手に入れたのはそのころです。
PCと言っても家庭向けの計算機に毛が生えたようなもので、使える言語は「BASIC」や「Z80(マシン語)」
くらいの「MSX」でした、ちなみにMSXのシステム(OS?)はマイクロソフト製です。

中学、高校と仲間を巻き込んでプログラムに明け暮れました。
(ほとんどゲームでしたが)

「あ」と言う文字を表示させるのもそこそこ膨大なプログラムを書き上げる必要がありました。

でも、そんな時代があり、支えてくれた仲間がいたから、夢を捨てず頑張ってこれたのだと
今でも思います。
研究者や開発者にはなれませんでしたけどね。(笑)

現在のPCの構築やリカバリー(修理)など給与も出ない仕事ばかりしている現状です。(笑)

そのころ、まだインターネットなどというWWWはなく、せいぜいパソコン通信くらいで
パソコン通信は通常の電話回線を使いデータの送受信をするため、よほどの資産家か企業
でなければ導入は難しかったと覚えています。(普通に電話料金としてパケットが計算される)

そのころプログラム仲間とこんな会話をしました。
「いつか世界中のPCとつながり、電話代を気にせずチャットやプログラムの公開ができる
ようになるんだろうなぁ、情報伝達が出来れば難病の克服もできるかもしれない」
などと、当時としては夢のような事を語り合ったものです。

インターネットインフラ(WWW)が出来たのがその話をした5年後でした。(笑)

当時自分はそれを利用すれば病気に苦しむ人にアドバイスしたり、されたり、
こんな薬や医者がいるよと言う情報交換ができるのではないかと期待しました。

処が、現状ネット(WWW)は自分の考える理想とは違う次元の使われ方をされるように
なっていってしまったのです。

匿名な事をいいことに誹謗中傷、好き勝手、自論展開する者もいるし…

もちろん、自分の描いていたような事をしている人も多々います。

今から自分ができることなんてないかもしれませんが…
もう少し世のため人のためWWWを活用してほしいものです。

そう思いませんか?




2016・01・12 きたきつね





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