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mypotaling (まいぽたりんぐ)

身体障害者だけど走り続けます!!


そういえば?

  1. 2018/01/24(水) 22:02:31|
  2. 雑談
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色々考えてしまった本日、どうも私です(2度目)

世捨人(moto38)氏のブログを見て「相変わらずだなぁ(笑)」と思ったあと、自転車について
色々考え、色々調べて、色々結論を…出せませんでしたが(笑)

すこし原点に戻った話を書き残しておこうかと思い、ふとキーボードに手が伸びました。

問1.私は何故自転車が好きなのか。

好きか嫌いかと言えば「どちらでもない」が一番正しいかもしれないですね。
基本的に乗り物は大半全般好きです。
もちろん、スピードに乗るという達成感も好きです。
(スピードを出し過ぎる、無茶をするという意味ではない)
今次期は雪が深く、残念ながら自転車(ロードバイク)に乗れない日々ですが、
春から秋にかけ、自転車でフラフラと出かけて景色を見るのが好きです。
私は現在、自動車免許を持ち合わせていませんので唯一の移動手段だと思っています。
もちろん公共交通(バスや列車など)もありますが。

問2.なぜ自転車を組み立てたのか?

これは簡単です、単純に「出来モノ」があまり好きじゃないし、
自分の命を載せるものですから、自分がそのモノ(自転車)をしらないなんて、
考えられません。
最近では「趣味」から外れつつあるパソコンも基本自作です(パーツの寄せ集めですが)
なぜか?、自分が使うのだから隅々まで知っておきたいから。

昔、私の叔父が遠くから毎年来ては即興で色んなもの(主に玩具)を作ってくれました。
冷蔵庫が壊れていて直してくれこともあったかな?
そんな叔父にあこがれもありました、何でも作り何でも直す…私の原点ではないかと思います。
そんな叔父もいまではすでに居ませんが…
1mmでも叔父に近づけただろうか?と問えば「否」でしょうね(笑)
あの世で笑われてしまうかもしれません。(笑)

自転車に乗って季節を感じ風を感じ、走る…のは今は亡き親友の影響でしょう。
自動車免許があればひたすら時間と燃料の許す限りどこかフラフラと走っているでしょうけど、
彼が毎週のように人の数倍仕事をしているのにも関わらず、休みの毎にドライブに連れて行って
くれました。
ちょっと遊びにと言う感じではなく、名所めぐりみたいな感じでした。
今、私が自転車を組み、走り、景色を楽しむというレクリエーションにいそしんでいるのは彼の影響が
大きいでしょうね。(笑)

まぁ、他にもいろいろ私に影響を与えた人はいるのですが、この2人が与えてくれた影響は計り知れない
でしょう。

人は永遠には生きられない…分かってはいるけどなんで私に必要な大事な人が先立つのでしょうか。
2人が他界して結構な年月が経ちます、今の自分は目標も見失いそうで少しバランスを崩すとそのまま
落ちて這い上がる事ができないんじゃないかと弱気です。

ある友人に私は「師匠」と呼ばれます、何の「師匠」なのかさっぱりわかりませんが(笑)
接点といえばパソコンを1台組んでやったくらいなのでたぶんそのあたりの「師匠」なんでしょう。
人に崇められるのは悪く無い、彼にパソコンを組んだ事で彼に何かを与えられたならそれはそれで、
価値があるのではないかと思う。
パソコンを組んだのは彼だけではありませんがさすがに「師匠」と呼ぶのは彼だけです。
まぁ、話をすれば必ず互い違いな話になってしまうのは如何とおもいますが。(笑)

問3.なぜ生きる?

なんででしょうね?、死なないから生きている?…というか「生かされている」が正しいか。
3歳の頃発病した「NIDDM」に始まり、当時医者に「この子はもって20歳」なんて言われいたらしい
ですが、かれこれ25年も余計に生きてしまっています。
まぁ、副産物というか、あれこれ重荷を背負う形ではありますが、かろうじて生きています。
私的には先言の親友が46歳にて他界したので46歳までは死なないように頑張ろうと思ったわけです。
そして彼が見れなかった数年の世界の…いや日本の?変化を肴にあの世で語り合えればいいな…
なんて思っているのですが、果たして私は後何年この世に居れるでしょうか。

最近(でもない?)、このブログを見た方からメールをいただきました。
娘さんが私と同じようにNIDDMだそうで、以前大学病院に入院中、脱獄外出中、
娘さんから「いまどこにいますか?」と言うメールを受け取り「ん?」と思ったのですが…
なにやら近くに来たので会いに来たとかで、少しの間談話をする事ができました。

昔、私が養護学校という名の「監獄」にいた頃、同じくらいの年齢の男の子や女の子がいました。
先に言った通り当時の医療(主に薬)ではNIDDMの子は良くて20歳まで生きれば御の字と言われていて、
例にもれず、監獄にいた同じ病気を抱えていた子らは9割がた亡くなりました。
私はずうずうしくも生き残ってしまった一人ですが…(笑)、その子に会って思ったのは…
「よかった」という短い言葉でした。
色んな意味が含まれています、選択肢のない時代ではなくなって「よかった」とか、
同じ病気でも私は同じ年頃の頃は「絶望」しかなかったのに、この子はこんなにもにこやかに
そして元気でいてくれている事に「よかった」
彼女は今バドミントンを頑張っているそうで、私もバドミントンは20年くらい続けていて、
「いつか勝負できるといいね」なんてメールで言った気がします。

うん、もしそれが実現したらやり残した事は無くなるかな?
別に死にたいとか死んでもいいとか言う事じゃないけど、今自分をつなぎとめる「何か」で
あるとは思う。

もう少し、ほんのもう少しがんばらないといけないかな?なんて思えるくらいの余裕はあると
おもうけど。

で、なんで生きているの?
「生きたいから」







2018・01・24 きたきつね






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